トップに向かって
去年の年明けから順番に色んなこと整理してブログを書きたかったのだけど
結局3月31日のところで止まってしまってブログを書くことは出来なかった
1年間色んなきもちだったな
寂しくて
理解できなくて
後悔して
嬉しくて
あ〜もう今日で3人のtimeleszとはバイバイなんだな
オーディションが良いか、悪いか
そりゃこんだけ世の中、色んな場所で話題になるんだからいちばん最初の目標は想像以上の成功なんだろうなあ
メンバーではなくて、グループの話がこんなにも色んな人から出てくるんだから
だけど、注目の的になることの重要性は痛いほど分かっていても、すぐに理解出来るわけじゃなくて
それでもやはり売れていくということに良いとか悪いとかの話じゃないのもわかっていた
そしてなにより3人の言葉を聞いていたらもう受け入れるだけなんだと思った
私が良い、悪いの話で考えるのは
3人でいて欲しかったから
ただそれだったんだよね
3人でいるため
そんなこと言われたらもうあとは私が理解するしないとかじゃなくて
受け入れるか
やめるか
二択なんだろうなぁと思っていた
だってグループが残るため、3人でい続けるためじゃさ
私が願ってる願いと一緒だったから
その言葉を聞いてもなお受け入れられなければ
それは私が離れるべきことなんだと思った
3人はたくさん私たちに言葉を届けてくれた
丁寧に、やさしく、ちゃんと置いていかないように
まあ私はワガママなので何度も何度も駄々をこねて、なんも見ないようにしてを
だいぶ繰り返してしまったけど、そしてまだきっと繰り返すのかもだけど
それでもSexy Zoneを宝箱にしまったように
3人と過ごしたこの宝物みたいな言葉や日々をちゃんと大切にしまっておきたいと思った
間違いなく3人のtimeleszは私たちに寄り添ってくれたし、きらきらとかけがえない時間をくれたから
この思い出があったら、私が『嫌な自分にならず』に一緒にいられる気がする
絶対にくれたこの時間を忘れたくないし、忘れないで新しく始まるtimeleszといたい
新生timelesz
たっくさん夢をみようね
みんなで楽しい時間をすごしたいね
最高のトップへ向かって飛び出して
『連れていくよ、もっと遠くまで』
これからもよろしくね
これからよろしくね
だいぶ遅い回顧録
あっという間にこの日が来た。遠い先のことのようで、どうしても駄々をこねたくて。
わかっている、彼らが何か変わるわけでもない、そこに5人でいてくれることも十分にわかっている。
だけど、20年ずっとどんな時も守り続けてくれた「関ジャニ∞」というものを手放さないといけなくなったことが寂しくて、悔しくて、ただたくさんのうちの一人のファンなのに。
私たちファンにだってそう思わせてくれるくらい、大きなものだったんだと思う。
私の中高の生活にはエイトがいつもそこにいたし
離れていたあのころもそこにエイトはあったし
何回もみんながいなくなった時もエイトはそこにいた
いろんなことがあった数年後のコンサートで「関ジャニ∞でよかった」と言われた時どんだけ嬉しかっただろうか
私の友達が内くんを好きだったところから私のジャニオタ人生が始まった
狭い世界で同担拒否ばかりを生み出すという恐ろしい環境で育ったオタクは晴れて、箱推しとなり、
グループというものに固執するオタクとなった
初めて行った代々木体育館の記憶なんて正直ほぼないわけだけど、それでも好きな人たちを始めて生で会えることの嬉しさは今でも覚えている。
47ではチケットが片方しか入れなかった友人、両方入れる私たちでなんとも言えない空気感も覚えている
そしてまさかの友人が入れない公演で友人の好きなメンバーはソロ曲を歌い、さらに不穏な空気が流れた
隣で友達が横山さんに手を伸ばしてもらって、ほらほらと構われ最終的に手が届かずあの無邪気な顔した横山さんは忘れられない
一生1000人ホールの最前なんて入れないだろうな
錦戸さんの投げた花を取ろうとして後ろの人の手が伸びてきて爪が折れかかって死ぬほど痛かったのも覚えてる。
親という最大の味方をつけて、謎に東京ではなく長野のビックハットに行き続けたな
なけなしのお小遣いからの会費が辛くて、受験で一回抜けたFC、YOU&Jでしたね
少しずつ私の生活からエイトが少なくなっていった
雑誌を買うのをやめ、シングルを1枚だけ、アルバムだけ、円盤だけみたく
それでもわたしの生活の片隅にも、私の家族の片隅にもいつも関ジャニがあった
8ESTは味スタの音が漏れますのチラシを自宅に配布され、あそこにエイトがいるんだと思っていた。行きたいなとふと思った。
別の場所で知り合った友人が関ジャニを好きだと知り、一緒に連れて行ってもらったJUKE BOX
そこからまた1年に1回くらいコンサートに行くようになった
やっぱりいつ行っても関ジャニのコンサートは楽しかった
社会人になり、少し余裕ができた私はここで始めて関ジャニ∞のファンクラブに入る
それから二年後
すばるくんがグループを抜けるなんて誰が想像したんだろうか
ここで私はエイトから離れていた時間を初めて後悔した
わかっていたはずなのに、どこだって、当たり前なんてないんだと気づいた瞬間だったのかもしれない
十五祭で一年間書き続けていた週刊誌に「ざまあみろ!!!!!!!!!」と叫んだ二日後に亮ちゃんが抜けた
だけど、この一年間をみていたらもうなんか何も言えなかった、ただ寂しいだけだった
グループを残してくれた5人のことも信じたいのに、いろんなことが不安で不安で仕方なくなった
この人たちは優しいから止まることができないのかもしれないと勝手に思った
だけど私も離れることもできないわけで、大好きで、どんな時もすぐそこにいてくれたから、もう関ジャニのない生活もわからなくなってしまった
すばるくんが音楽の世界に戻ってきてライブに行って、りょうちゃんもライブ映像もみてようやく別になったのだと実感した
それから7人を同じように応援出来なくなったことが自分の中で本当に辛くて長年の曖昧な箱推しという自分の土台が崩れていくようだった
みんなが幸せになって欲しくて、みんなを応援していることは絶対に嘘ひとつないのに
5人も、すばるくんも、亮ちゃんも、内くんも
世の中でコロナが蔓延し、走り続けていた関ジャニも47半ばで止まらざるを得なくなった
そこからあんまり覚えてないけど、多分一番私が現実から逃げていた頃なんだと思う
2年が経とうとする頃に8BEATとともに関ジャニに再会する
「俺たちは関ジャニ∞でよかった」そう叫んでいた
こんなにいろんなことがあったのに、彼らはここでグループでよかったと言ってくれたんだ
わたしは全部今までのことも含めて関ジャニと共にこの先の未来も見ていきたいと思った
ここでようやく長かった曖昧な日々が晴れた気がしたし、8人を、7人を、6人を恋しく思っていても、5人の関ジャニを好きだといろんな難しいことを考えなくて良くなった
どんな時だって前に立って待っていてくれたのも、手を差し伸べてくれたのも関ジャニだった
そして今二十周年を迎える
関ジャニ∞としてではなくて、SUPER EIGHTとして
私はわがままなのでいまだにやっぱり寂しい悔しいは当分なくならないだろう
だけど、それはきっとこのSUPER EIGHTで進んでいくと決めた彼らも同じだと知っているから
強くなったからSUPERをつけよう
だからこの名前には今までの年月があってこその名前なんだなとみんなが話しているのをみていて思えたから
法被は来てないけど
のぼりもないけど
ここからまた新たな景色に向かって
ばいばい関ジャニ∞
よろしくね、SUPER EIGHT
話し合いの出来ない人間
話すのは大事だよ
嫌だと思うけどねと先輩は笑って言った
そうなんだろうなと思った
話し合わなきゃきっとどちらかが「ただ」我慢してるか、諦めてるからな
だけどそれでも私は話し合うくらいなら全部に目をつぶってそのままが一番だと思う
結構真剣に思っている
ただ厄介なのはまったく意見がないわけでも、それを全部目を潰れるほど出来てないというわけだ
話し合いからずっと目を背けたわたしは瞬時に話し合わないと行けない場に立った時
明らかに言わなくていい表現をする
自分が上手く伝えられないだけなのに、それに苛立ち、伝わらないと勘違いする
勘違いすれば厄介なことに「聞いて貰えない」となっていってしまう
頭では考えているはずなのに、後から思えばそんなこと言いたかった訳じゃないのになとなる
伝えたいことを表現する方法なんて他にいっぱいあったのに
よりにもよってしなくていいような表現でしてしまう
大人になって、それが相手と引きずるとかはないし、普通なんだけど
普通なのはお互い意識してるのか、本当にそれはそれ、これはこれなんだろうか?
現にわたしはずっと先週からそんなことばかりを考えている
これも一種の関係への固執なんだろうか?
言い方が間違えていた
建設的な話し合いをするべきだった
と、頭にずっと浮かぶこの言葉を伝えたいのに
じゃあ大人として次の日から普通に過ごしてきたわたしたちは
それを掘り返すメリットってあるんだろうか
わたしがただ安心したいだけ、わたしがただ納得したいだけなんじゃないか
だって言いたかった根本はなにも私は変わってなくて、正直間違ってたとも思ってなくて
ただその伝える方法を間違えたと伝えることの意味はあるんだろうか
寂しかっただけなんだよな、きっと
それもわかってる
8月がはじまる
6月末で新卒から働いていた職場を退職した。
人生の夏休みという名のいい、1ヶ月なにもせずに過ごしていたが
8月から新生活がスタートする。
去年転職をしますと決めたときには
「まだ一年もあるのかあ・・・」
とか思っていたのに、気づいたらあっという間に1年過ぎていった。
自分で辞めると決めたんだから、私が寂しいと言うのは違うよな~と
思いながらも、なんとも言えない気持ちのまま時間はすぎて
退職の日に寄せ書きをもらったんだけど、
異動して今は違う所にいる先輩や後輩、お世話になった他部署の人まで
想像の倍の人からメッセージをもらってしまって
なんかそこで始めて、働いていて少しは役にたっていたんだ~って実感できたんだよね
本当にあほみたいなはなしなんだけど(笑)
そりゃ、辞めるって言ったら寂しいとか困ると言ってくれるけど
多少年数が経ったから仕事は多少出来るかもだけど・・・くらいに思っていて
そう思って予防線を張っているんですけど・・・(笑)
だけどなんかたくさんの人がこうしてメッセージをくれて
自分の価値が始めて可視化されたんだろうね
いつもみんな優しいから言ってくれてたはずなんだけどね。
嬉しかったし、人生でこんなに満たされることってないんだろうなって思った
でも、そこで終わらないのがわたしで・・・
「結局はここまで言ってもらわないと私は満足できないんだ・・・」って
自分にがっかりしてしまったのも本音で。結局かまってちゃん・・・
辞めて始めて自分の価値を感じられるじゃないけど
まあなんかそんなこう私的にはでっかい感情を処理するのに時間がかかり
1週間くらいはボケボケして過ごしてました
7月は1ヶ月実家に戻ってのんびりすごしてました
おばあちゃんと買い物に行ったり、おばあちゃんや母の送り迎えしたり
片付けしようと意気込んでましたが、何も出来ませんでした(笑)
母の仕事も手伝おうと思いましたが、2回しか出来ませんでした(笑)
本は結局2冊しか読みませんでした・・・
でも、行ったことなかったお店で野菜や桃を買いに行ってみたり
久しぶりの人に連絡とって会ってみたり
ピクミンの体験版もやりました。4をやるか悩んでます
そんな感じであっという間に1ヶ月
働きたくなくても、生きていくために、オタクをするためには
働かないといけません。働きます。
わたしも新章開幕です。
新しい職場の人はみんな知っている人なのでまるっきり環境が
変わるわけではないんですけど、今までとテリトリーが変わります
閉鎖されていた病院から地域へ
知らない世界はいつも怖いな、生活が変わるのも怖いな
ゼロから転職している人たち本当にすごいよ・・・ほんと・・・
誘ってもらわなかったらきっと私は新しいスタートを切ることもなかった
そう考えるとせっかく与えられた機会を楽しまないとね!人生一度きり!
30歳からこの先なにをしていきたいのか見つけられるといいな!
ちゃんと好きな人たちからもらったパワーを胸に
新生活がんばるぞ~~
まずは夜勤のない生活と
月金で朝起きる生活に一刻も早くなれるように願っています。
メタモルフォーゼの映画を2回観た話
好きなものというものはいつも大切なものをくれる
幸せな時間も気持ちもそして友人を
メタモルフォーゼの縁側を観に行った
元々漫画が好きだったので映画になると聞きとても楽しみにしていた
うららが箱から取り出して漫画を読む姿も
ファミレスで周りの目を気にする姿も
本をすごい勢いでとって抱える姿も
それでもやっぱり好きなものを話せる楽しさを感じる姿も
全部全部見覚えのある光景だった
私も確かにあのころ好きだった場所も人も隠していた
長かったこともあってうららほど家族にまで隠したりはしていなかったけど
大学に通っている時周りの人にバレないように大切に閉まっていた
うららが隠している割に絵を描いているのをみて
隠したいんだがなんだか、、、と感じるけど
好きなんてそんなものだと思う
隠していたい、でも自分の生活においておきたいのも本当の気持ちで。
うららが橋本さんに対して「ずるい」と感じる場面が個人的には好きで
うららから見た橋本さんはみんなの人気者で、彼氏がいて、頭も良くて
うららがこっそりとしか楽しめなかった大好きなものをいとも容易く受け入れられてしまった
そりゃ自分が必死に隠しているものを受け入れられてしまったらずるいと思うよな
うららが否定されたことがあるかはわからないけどやはり自分の好きなものを「バレていけないもの」と感じるのは辛い
それを簡単に受け入れられていたら私もきっとずるいと感じるだろう
実際、紡は別にBLが好きうららを決して否定はしなかった
それでもやっぱり他人は輝いてみえるし、ずるいと思ってしまう
「留学とか、BLとか色々凄いね」という皮肉めいた事を伝えることしか出来ないのも
余計に惨めな気持ちになるんだろうな
好きなものを話せる相手がいるのは幸せな事だと思う
私は昔からTwitterでひとりで話せれば割と満足できるけど
それでもやっぱり同じものを好きな人と、同じように好きを話せるのが
どれだけ幸せなんだろうと思うし、共有出来るってやっぱりいい
うららだって一人でBLを楽しんでいることで満足していたはずだけど
雪さんと出会うことできっと人と共有出来ることの嬉しさを知っただろうな
それがきっとたくさんの勇気にもつながったし、うららのパワーになったんだと思う
やはり「好き」はいろんなものや人と出会わせてくれる
コミティアから逃げたうららが「悔しかった」と言ったのにはどんな悔しさがあったのだろうと考えている
その場から逃げたことなのか?
最後までやりとげられなかったことなのか・・・?
それでも帰ったあとの雪さんの言葉はとても強かったし、優しかったし、大きかった
うららにとってあの漫画を描いて、売るというのはどんな経験になったのだろう
雪さんの言葉と言えば、一番私が印象に残っているのはサイン会で
「この漫画のおかげで私たちお友達になれたんです。描いてくださってありがとうございました。」
って言葉なんですけど。
本当に好きなものに対して、これにつきるなってとても思うんです。
私はいままでにたくさんのものを好きになって、たくさんの素敵なお友達と知り合うことが出来た。
多分普通に生活していたら、絶対に知り合うことがないだろうなって。
場所も、年齢も、性別もなにも関係ない。
最初に書いたあの頃私が好きだった場所は7年前になくなってしまった
どうしたってそこで繋がっている関係というものは前と同じとはいかないけど
それでも今でも連絡を取ったり、たまに会ったり
なによりも会ったときにあの頃と同じようにすぐに戻れるんだから
やっぱり私にとって「好き」は人生を素敵なものに変えてくれるものだのだと思う
うららは雪さんと出会って、きっとかけがえのない時間も存在もみつけられたんじゃいのかな。
私はうららでもないし、想像しか出来ないけど。
好きなものができるっていいな
好きなものを通して人と出会うっていいな
好きなものに出会って、人と出会って、私も人生を素敵なものに変えていきたいなと思った。
でも何よりもあの数年間のことを一番に思い出して
甘酸っぱい気持ちになったな~~~~~!
楽しかったし、一生懸命に好きを追っていた日々は多分離れたとしても一生の私の宝物らしい。
私の好きは、今だろうと、昔だろうと、ずっと大事な宝物。
うららの漫画が机の下の段ボールから出てくることはないかもしれないけど
それでもきっとBLも雪さんとすごした時間も一生の宝物だろう。
どうでもいい私の近況
全然ブログを書けてないなと思いはてなブログを開いた
8BEATの下書きがあったり、書き途中のものが多い
私の頭みたいにとっちらかってるな~と思いながら眺めていた
この間Twitterで少し話したけど
仕事を辞めることに決めた
まあ正確に言えば、新卒で入った職場を辞めることに決めたというだけです
しかも、来年度の6月なんでまだあと1年以上あるんですけど(笑)
それでも私にとって一大イベントだった・・・
世の中早いもので、現時点で来年度まで意向調査されるんですよね
まあ、採用に関係してくるからなんでしょうけど
今の職場は新卒で入職した職場だ
結局私は辞めるまで異動もしないまま同じ所にいたんですけど
この7月を超えたら私の大好きな先輩がここにいた年数すら超えてしまう怖い
新しい環境がとにかく苦手なものでバイトですら辞めると言いながら
4年間続ける女、もちろん「仕事やめたい~」と言いながら
仕事を辞めることは一度も考えたことがなかった
いや、今回初めて気づいた。
私、今まで真剣に仕事を辞めようって思ったことなかったんだなって。
だって自分が希望して入って、自分が希望した配属になって
残業もそんなにないし、仕事も自分の生活もそこそこいい感じだった
辞めようって思ったことがないけど、漠然と辞めて~と言い始めたのは
3,4年目だったなあと思う
3年目で新人指導の担当になって、そもそも指導が苦手な上に
先輩との兼ね合いでいやになった
そのときの私の逃げ道は「いつでも辞められる」って思うことだった
不思議といつでも辞められるって思ったら楽になった
だから「辞めよう」って思ったことはなかった
私には「辞められる」という心の余裕だけで十分だった
4年目くらいから、なんとなくでする仕事も増えた気がする
人と話をするときっと「慣れ」だと言われるんですけど
1,2年目の私はちゃんと真剣に人と向き合えていたって思うし
それが正解、不正解は別だけどあの時の感覚が忘れられない
思い出が美化されているだけなんだろうか?とも思うんだけど
同じ所にいればいるだけ、なんとなくで過ごせるようになる
そういうことなんだろうな・・・とも思う
あと自分のことだけじゃなく、1,2年でなんだかなあと思うことが増えてしまった
それも慣れといってしまえばそうなんだろうけど・・・
文句が増えた、そして納得いけないことも増えた、だからまた文句が増える
異動もしたくないけど、薄々気づいていた
このままここにいたら私は本当にいやな人間になるんだろうなって
いるじゃないですか。いやなお局。小姑みたいな人間になる・・・って(笑)
まあ、職場内での異動に関しては決定権ないので、近いうちだったんだろうけど
そんなことでそんなまま働いていたら3月で事切れた(笑)
なんかもう無理~~~って言いながら3月が始まった
自分が好きだった場所が全然大切にされていない感じなのもいやだったし
マジで何考えているんだろ、みたいな事が続きすぎた
それでも私はチキンなので、仕事をそのまま続けるつもりだった
結局は人からの助けで生きているんだなと思う
自分一人じゃなんにも決められない
たまたま仕事の話をもらった、というのが大きかった
きっかけがなければ何も出来ない私だから
今回のチャンスを逃したら言葉通りこのままずっとここにいるんだろうなと思った
こんなに文句しか言えないのに、えらくもなりたくないのに
という感じで私は仕事を辞めようと決めたわけだ
福利厚生はよい、生活に困ることはない、住む所だってあるし
異動するまでは残業もほぼないし、休みも取れる
どこに行ったっていやなことはあるし、納得できない事だってある
今私はホワイトな中で生きているんだろうなとも思う
それでも一旦ここから出ようと思った
このままここが嫌いになりきる前に辞めたい
話をもらえる人間である間に、チャンスを逃さずに新しい道に進んでみよう
そんな感じでま~~~~久しぶりにめちゃくちゃな気持ちで春を迎えた
春はいつだって気分が安定しないけど、この感じは久しぶりだったな
来年の私はなにをしているんだろう
正直美化された過去に縛られているのは間違いないので
仕事を辞めた後にちゃんと私はその自分にまた近づけるのか不安で仕方ない
だって、いいわけがなくなってしまうのだから
まあでも、今のところ仕事辞めたら金髪に1回しておこうかななんてそんなもん
あと1年で私はなにを返せるのだろう、と思いながらちゃんと働こう
ところで気づいたら一人暮らし7年目ですが
今までまともに家探しをしたことないことを気づいたので
ぜひ皆さん、アドバイスをよろしくお願いします
忘れてた何かが溢れ出した
待ちに待った関ジャニ∞のコンサートが始まった
8BEATが始まってありがたいことに楽しい時間を過ごさせてもらっている
1回もいけないんじゃないかって思っていたから本当に嬉しいな
コンサートの事は全部終わってから書こうって思って
多分書くとしたら一番はじめのコンサートに入った時なんだろうなと
いつも思う。だってやっぱり一番始めに感じたことはもう二度と感じる事はないから
だから、そこから次に行くまでにかけなければ、次は終わってから
全部の感情をひっくるめて・・・と決めていたんだけど
12月24日のクリスマスイブ、幕張メッセで8BEATに参加した
年内最後の関ジャニ∞としてのコンサート
コンサートはやっぱりいつも通りかっこよくて、楽しくて、しあわせで
クリスマスプレゼントの曲までもらっちゃって最高のクリスマスだな~なんて
そんなことを考えながら過ぎていって、終盤の挨拶
いつだって関ジャニ∞の言葉を通して毎回毎回数年のことを思い出して
今回のアリーナツアーにすると決めた彼らのことを勝手に考え
それでもみんなの言葉の端々から今関ジャニ∞でいて幸せなんだと
いうことを知ることが出来て本当にありがたいなと思う
教えてくれなければ私たちは知らないから、わからないから
関ジャニ∞に「残った」ことなのかは置いておいて
関ジャニ∞として過ごしている「今」が幸せであれば
私はそれでいいやって、「それぞれ」がその場が幸せであれば
それが一番なんだよ
残った、出たということよりもうここまで来てしまったら
それぞれ全員がした選択が今、現時点でよかったと思えるのであればさ
安田さんが言うとおり、幸せは噛みしめて、言葉にしたくなくなるのかもしれない
それでも今の幸せを伝えてくれることはありがたい事なんだろうな
そんなことを考えながらも24日みんなの挨拶が終わって
キミトミタイセカイを聞いていたらなんだかすごく
胸がいっぱいになって、自分でもびっくりしたんですよね
村上さんがいちばんはじめに挨拶をして
「アルバムも出せるかわからない状態で始まってなんとか出せて」
って話をしていて、年明けにアルバムを出します!!という彼らを見て
すごい喜んだのを思い出した、
だけどまさか確定じゃないなんて思ってなかったからいつなんだろうと思って
秋になる頃、今年も夏は一緒に過ごせなかったな~なんて思っていた自分も思い出した
「無事に年内の日程を終えられようとしている」そんな言葉もあって
思い出したんだよね
ああ、わたし今年関ジャニ∞と一緒に過ごせるって思ってなかったんだって
そう思ったら今こうして2021年のコンサートを終える関ジャニ∞を観ていたら
本当に2021年に関ジャニ∞のコンサートにこれて、彼らの作る時間をすごせて
すごくすごく嬉しくなって思って胸がいっぱいになった
関ジャムフェスに行ってようやく走り出したと思った私の時間が
8BEATのアルバムを手にして、コンサートに行って
本当にすっきりしてるんだよね、今
だけどとにかく5人の姿をいっぱい観たかったし、思ってたよりも
結構必死にコンサートをたのしんでいたのかなって(笑)
1年終わるねって言われて、ようやく自分が押し込めていた気持ちを思いだした
一緒にすごせないと思っていた2021年
会える時間をくれてありがとう
あなたたちが目指していたドームのあの景色はかけがえのないものだけれども
横山さんが言うように、全然負けてないし、かっこよかった
私にとって2021年を過ごせたアリーナのあの景色はきっとかけがえのないものです
最高で、最強だった!
来年も最高で、最強であれ!